---日常でいて日常で無いかも知れない---
「ふぁ〜、仕事終わりだ。さて、と…」 仕事を片付けて荷物チェック。 今日は残ってしまった仕事があったので、残業と相成ってしまった。 暗い職場には俺一人だけだ。 戸締り、消灯など入念に確認をして、帰宅する。 もうすぐ夜12時。 日が変わる前に家に着いていたかったが、無理だった。 一人暮らしなので、夕食は適当にコンビニの弁当で済ませている。 残業中は食事などしておらず間食程度のものしか食べられないので、本当にお腹が空く。 夜遅くでも活気のある店員さんの声は、常に睡眠不足な俺を元気にさせてくれる。 (今日は……頑張ったし唐揚げ弁当に、デザートでもつけるか) 弁当とクリームの乗ったプリンを手にレジに向かい、店を後にする。 ぐ〜っとお腹から一段と大きな音がなる。 「はぁ…今日はココで食べていこうかな」 いつもは入らないが、通勤で使う通りに面した公園の中に一休みできそうな丁度良いベンチがこちらから見えている。 どうにも、お腹の虫が治まらずここで休憩することにした。 「さて……」 いくつかあるベンチの一番手前に座り、弁当とデザートを広げて食事を始める。 その時、微かにザッと後ろから砂が擦れる音が聞こえた。 動物でもいるんだろうかと、振り返ってみる。 さっきは奥のベンチの事など気にしてもいなかったが、そちらの方向を確認すると人影が見えた。 男の俺でも、夜にこの状況は少々恐怖を感じる。 恐る恐る近づいてみると、背丈が大人のモノではなかった。 (子供?) 近づいてみると、月明かりで服装などもはっきりして見えて来た。 青いジャケットを着た、アクアブルーの髪が良く似合うポニーテールの少年だ。 夜に似つかわしくないその子は、一人ベンチにもたれて眠っていた。 「ちょ、ちょっとボク!! 起きて!」 俺は慌ててその子に駆け寄り、ペチペチと頬を叩いて起こそうとする。 触れる度に、子供特有のふわふわな感触と温もりを感じる頬。 「……ん…」 すっかり熟睡しているのか、なかなか起きる気配は無い。とはいっても、夜に一人でいる子供を見てしまっては置いていくわけにもいかない。 「ボク! 夜にこんな所で寝てちゃダメだ。起きて!!」 さっきより強めに頬を叩いてみた。 「…ん、なに? ボク眠いんだけど」 目を擦りつつ、寝惚け眼で呟く。 「何って、ダメだよ。お家に帰らなきゃ」 「大丈夫、言ってあるから」 「エ?」 言ってあるからって、どういうことだ? 脳内には、―家出―という文字が過ぎる。 『きっとそうだ、そうに違いない』そう思い、その少年の手を取る。 「家に帰らないんだったら、警察さんに話して見てもらおう、ね?」 その少年の手を強引に引っ張り、座っていたベンチから離した。 今の俺の頭には『とりあえずいざこざは早く済まして家に帰って寝たい、明日も朝早いんだ』の言葉しかなかった。 しかしその思いに反して、少年は逆側にその手を引き抜こうとする。 「ヤダ! 止めてよ、おじさん!!」 「オジッ!?」 大きな声を上げられて、パッとその手を離してしまった。周りを確認する。 この場合、傍から見れば俺は確実に不審者にしか見られない。 俺の意思とは関係なく。 とりあえずこの場は大丈夫だったようだけど。 「ボク? 何で帰らないんだい?」 その返答は無かった。少年は俯いて目を伏せる。 「…おじさんは、何でボクに構うの?」 その代わり別の質問を投げかけられる。 「何でって、そりゃあ子供が一人こんな時間にこんな場所でいたら誰だって声掛けるだろ?」 少年は首を振って、大きな瞳で俺を見る。 「そんなことない、おじさんが初めてだよ」 言いつつ俺にニコリと笑みを見せる。 あどけないその表情にホッコリする反面、ある気持ちが過ぎる。 「……もし良かったらだけど、…俺の家に来る?」 表情を確認しつつ、そう告げてみた。 「エ…」 キョトンとする、その少年。 「ま…まぁダメだよな、そんなの」 あきらめて別の方法を考えようとした。 しかし少年は、ふるふると首を横に振る。 「うぅん、行く。ていうよりいいの?」 「いいけど……でも明日にはちゃんとお家に帰るんだぞ? 解ったね」 「うん!ありがとう、おじさん」 笑顔で返してくれるのはいいんだけど、『おじさん』の一言は少しズキンとくる。 こう見えても一応20代。まぁ少年から見たら十分おじさんだけど… 「あ、ゴメン。おにぃさんの方がいいよね」 「ど、どうも」 鋭く察したようで訂正してくれた。子供に気を使わせてしまって恥ずかしい。 少年は、クスリッと笑みを見せる。 「ボクは素良、紫雲院素良って言うんだ、よろしくお願いします」 「俺は。一晩だけだけど、よろしくね素良くん」 食べかけだった弁当を袋にもどし、帰路に着いた。 「さ、入って。結構散らかってるけど」 「全然平気、お邪魔しまーす」 ワンルームマンションの1室。 残った弁当をテーブルおいて、部屋をサッと片付けて一回り確認する。 「とりあえず座ってて、お風呂入るよね?」 「うん、入るー」 その言葉を聞いて風呂の準備を始める。 時刻はすでに夜の1時を回っている。 「おにぃさん、このお弁当少し食べて良い?ボクお腹空いちゃって」 「あ、いいよ。全部食べちゃって」 「いいの? やった!」 本当はまだお腹は満たされて無かったけど、子供の素良くんにひもじい思いはさせられなかった。 お風呂の残り湯を洗濯機の中に入れて、浴槽を洗ってきれいなお湯を張る。 「さて素良くん、洗うお洋服ある? 良かったら明日までに乾くようにしておくから」 「うーん、いいや。替えが無いし」 そういえば無かったよな〜と思いつつ、着替えになる服を探し出す。 「俺のだけど着替えの下着と洋服置いておくから、お風呂に入るときに脱いだ服は洗濯籠に入れておいてね、洗っておくから」 「ふぁーい」 しっかり食べている様で、篭り声で返す素良くん。 「さて…と」 お風呂の用意から戻ってくるとほぼお弁当を食べ終えていたところだった。 「ねぇねぇ、おにぃさん。これも一緒に食べて良い?」 小さなプリンを大事そうに両手を揃えて乗っけて、キラキラとした期待の眼差しで問われた。 「あぁ、いいよ。それも全部あげる」 そう言うと、素良くんはブンブンと首を振り、詰め寄ってくる。 「違う、半分こしよ、ね? おにぃさんが食べたくて買ったんでしょ?」 「そうだけど…」 「じゃあ、食べよ食べよ」 素良くんは手際よく蓋を開けてスプーンを用意する。 「はい、まずおにぃさんから。あーんして?」 素良くんは一掬いしたプリンを自分の口に運ぶと思ったら、あろうことか俺に差し出してきた。 「ほら、あーん!」 狼狽えていると、更に詰め寄られてムクれ始める。 「わ、解った」 口を開けると、素良くんはスプーンを口内に入れ込む。 ふんわりと甘く広がるクリームとプリンの味と香り。 「じゃあ、次ボクね」 同じスプーンのまま、パクリとプリンを自分の口へと運び味わっている。 「う〜ん、あまーい、おいしー。しあわせー」 満面に喜ぶ素良くんを見ていたら、俺の考えていることなんてちっぽけな事だなと思えてきた。 「はい、次おにぃさん。あーん」 パクリと食べて次は素良くんが食べる。それを繰り返して、数回で無くなってしまった。 「おいしかったねー、おにぃさん」 「うん、そうだねぇ」 無邪気な笑顔に何も言い返せない。それに本当に美味しかった、やっぱり一人じゃないからかな。 その時、風呂場からお湯が張れたとブザーが鳴り響いた。 「風呂入れるから、先に素良くんどうぞ」 「ううん、おにぃさん先に入ってよ。ボクずっと外にいたからお風呂場汚しちゃう」 そう言いつつ、素良くんは俺の背中を押し風呂場へと進める。 「そんな事、気にしなくていいんだよ」 「ダメ、おにぃさんが先!」 言い合いが続いて埒が明かなそうだったから先に入ることにした。 「じゃあ、先に入ってくるよ。テレビ、見ててもいいからね」 「はーい」 素良くんは手を降って答えてくれた。 風呂場で一通り、身体と髪を洗い終え、湯船に浸かる。 一人が入れる程度のバスタブだけど一人暮らしなので十分満足している。足は伸ばせないけどね。 (しっかし何処の子だろうなぁ。成り行きで連れてきちゃったけど……大丈夫だよな?)←犯罪です 「おにーぃさんッ♪」 「おー、どうした?」 風呂場のドアの向こうから素良くんの声が聞こえた。 「なんか飽きちゃったから、ボクも一緒に入るよ」 「な゛……ちょ、ちょっと待て!」 ガラッと開いた扉から服を全脱ぎした素良くんらしき人物が入ってきた。というのも結ってあった髪が下ろされて別人に見えたからだ。 「えー、いいじゃん。男同士なんだしさ」 「そういうことじゃない、狭いんだってココの風呂は!」 「うん、そうだね」 ニコリと笑みを見せてくれる彼。 何というか、素良くんの微笑には裏があるような気がしてきた。 もう言葉を返す気力も無い。 ザーッとシャワーで身体にお湯を掛ける。身体を洗い始める彼。 ……お風呂に入ってきた時も思ったけど、素良くんなんだよな? ジーッと見つめていると、身体を泡だらけにさせてこちらに向かい、小首を傾げる。 「どーしたの?おにぃさん」 「いや、髪の毛そんなに長かったんだなぁと思ってね」 「いーでしょー、おにぃさんも伸ばしてみたら?」 「ダメだって、社会人だし」 「ふーん、大変なんだ」 石鹸をお湯で洗い流す。 「じゃあ、おにぃさん。伸ばせないんだったら、ボクの髪の毛洗ってみる?」 「いや、いいよ」 それは少々面倒だ。即効拒否した。 「え〜、何でー? ねぇ洗ってよー、ねぇってばー。おにぃさん〜?」 突然猫なで声で甘えられる始末。 「…はいはい、解ったよ」 俺はバスタブ内で立ち上がって、その場から手を伸ばしシャワーを用意する。 「しっかり目を閉じてろー」 「うん」 シャワーの水圧を強めにさせて、髪を一気に洗い流す。 リンスインシャンプーで少々雑目に泡立てる。 「痒い所ないかー」 「全部」 「……おい」 「エヘへ〜」 地肌を擦りあげて毛の束を持ち上げ、そっと絞り上げるように洗い上げる。 (それにしてもキレイな髪してるなぁ) その髪質の良さに気を取られながら、ゆっくりゆっくりその髪束を撫で上げた。 「ちょ…、おにぃさん。痛いんだけどぉ」 うっかり強めの力で引っ張りあげていた。 「あ…あぁ、ゴメン。じゃあ、流すよ?」 「うん、お願い」 シャワーでキレイに泡を洗い落とす。 「よし、出来上がり。じゃあ、俺は先に出てるからゆっくりしておいで」 「エー、一緒に湯船入ろうよぉ」 「うーん、2人で入れるバスタブじゃ無いからなー」 「もう、解ったよ」 素良くんは少々剥れつつも、俺と交代してバスタブに浸かった。 洗濯を回して部屋に戻り、布団の用意をする。 といっても一人暮らしだから、シングルが1つしか無く俺は雑魚寝決定だが。 (眠い……) 時刻は既に2時。もう体力の限界だ。 (ちょっとだけ寝ようかな……) テーブルに突っ伏して、目を瞑った。 ジリリリリリ…と目覚まし時計が鳴り響く、室内。 その時計の音を止める。 (もう朝か……あと5分寝よ……) …… …… 「ッ! ちょっと待て、朝ァ!!」 慌てて布団から飛び起きる。 「あ、あれ? 俺は……」 確か机で寝てたはずだけど… 「ん…もう、なに? おにぃさん」 隣には目を擦りながら呟く素良くんの姿。 一緒にシングルの布団で寝てたようだ。 「俺、何で布団に……」 「ボクが布団まで運んだの。お風呂から上がったら机の上でぐっすりだったから。ちゃんとお布団で寝なきゃ、風邪ひいちゃうよ」 「ありがとう、素良くん」 「うぅん、僕の方こそいろいろしてもらって、無理させちゃったかなと思ったから」 ニコリと悪戯っぽい笑みを見せる素良くん。 「それよりいいの?」 「何が?」 素良くんは時計を指差す。 「あぁぁぁ! やばい、もう会社に行かなきゃ」 俺は慌てて着替え、スーツを整えてネクタイを締める。 「素良くんこれ鍵。家を出る時に閉めたら、扉の郵便受けに入れてくれればいいから。いいね?ちゃんと家に帰るんだよ!」 「はーい、行ってらっしゃい!」 部屋から手を振って送ってくれる素良くん。 彼を一人残し、会社へと歩を進めた。 洗濯を干さずに出て来てしまったことに気付いたのは、会社に着いた後であった。 |