---お初! バレンタイン---

帰り道、公園にて……
ベンチで一緒に並んで座る私と素良くん。
楽しくおしゃべりをしつつ、繋いでいる片手の指を絡ませながらまったり過ごしてる。

でもね、今日は特別な日。
バレンタインデー。

素良くんの為に作ったチョコをあげようと、鞄の奥に忍ばせてあるのだけど……

(うぅ…なかなかタイミングが……)

うまく渡せずにいる私。
話の合間を見つけて伝えようとするのだけど、声が思うように出なくて素良くんのお話に耳を傾けるのに精一杯だった。

その時、遠くから小走りで手を振りつつこちらに向かって来る人物がいた。
「おーい、素良にちゃん」
その声の主は、遊矢くんのものだった。そして隣には柚子ちゃんもいる。
2人とも大きな買い物袋を持っていた。
素良くんが手を軽く振り返し、問いを投げかける。
「遊矢、買い物帰り?」
「あぁ、母さんの頼まれごとでね」
「柚子ちゃんは?」
私からの突っ込みで、少し慌てる柚子ちゃん。
「わ、私はたまたまそこで逢ったから、ちょっと手伝っただけよ!」
彼女は頬を染めながらあわてて言い返す。
そして遊矢くんは、素良くんにニタリと笑みを漏らしつつ詰め寄る。
「へへへ……今日はバレンタインだもんな〜。素良はいいなぁ、もうちゃんからもらったんだろ?」

 この人は、何を唐突にのたまうのだろうか。
 まだ、あげても無いのに……
 ど…どうしよう……

凍りついた空気。
時間が止まったかのように、素良くんと私は固まった。

「素良くん、え……っと」
「う、うん…」
遊矢くんと柚子ちゃんのいる前だけど、私は意を決して素良くんに向き直る。
ほんのり頬を赤らめる素良くん。
その時だった。
柚子ちゃんのハリセンが、遊矢くんの脳天を直撃する。
「ほんっと、遊矢ったらデリカシー無いんだから! 行くわよ!!」
「ちょっと、柚子。痛いって、なんだよ!」
柚子ちゃんは遊矢くんを引っ張って、ごめんねと私と素良くんに片手で合図を送りつつ、その場を退散した。

張り詰める空気の中、しばらく無言が続いた。
するとスッと素良くんは立ち上がり、一歩二歩前に進み立ち止まる。
「ビックリしたねー、遊矢ってば……でも、ちょっと感謝…」
クルンっと向き直ると、なぜか苦笑いの素良くん。
私は首を傾げつつ、何でと問う。
「実は今日がバレンタインってこと、忘れてたんだ……本当、ごめん」
目の前で勢いをつけて手を合わせて、一生懸命私に謝る素良くん。
あのスイーツ大好きな彼から、まさかの肩透かしを食らった。
遊矢くんの言葉で思い出したって事らしい。
「もう……いいですよー」
そう言いつつ、私は鞄を探って彼の為にキレイにラッピングしたチョコを取り出す。
(私ばかりドキドキしてたのか……)
渡しやすい空気にはなったけれど……
「ハイ、素良くんの為に作ってきたよ」
「ありがとう! からの初めてのバレンタイン……」
素良くんは大事そうにそのチョコをギュッと抱きしめる。
そして彼は顔を上げると満面の笑みを私に向け、チョコを抱きしめた様に私の事もきゅっと抱きしめる。
すると耳元で、
「忘れちゃってたお詫びだけどね…」
「そんなこと、気にしないでよ」
素良くんは、小さく首を横に振りつつ言葉を続ける。
「今から、の言うこと何でも1つだけ聞いちゃうから」
「何でも…って、エッ?」
素良くんは腕を緩めて、顔がくっつきそうな位目の前でにっこり微笑む。
「ただし、あと10秒で」
「そ、そんな。えっとー…」
「9秒、8秒…」
「わわわ…」
「7秒、6秒、ほらもう少しで終わっちゃうよ」
突然カウントダウンが始まったかと思うと、相変わらず息がかかる程近くで唱え続ける。
素良くんと今したい事って……
「5秒…4秒…」
秒数が小さくなるにつれて、狭かった素良くんとの距離が更に狭まった様な気がする。
「3秒…」

 こ…これって。

顔をしっかりと目視出来ない位、さらに詰寄られる。
「2秒…」

 ……っ!!

「1…」
カウントダウンが終わりそうだった瞬間、ギュッと目を瞑りその接触スレスレだった素良くんの唇に、そっと添える様に私からキスをした。
彼から香る甘い吐息と、唇同士が触れて蕩けそうなほどの温もり。
素良くんから腕を腰に回され、強く優しく抱かれる。
私もそれに合わせて、素良くんの背中に腕を回した。

長い口付けの後に、ゆっくり目を開けて抱きしめあったままで少し距離を離す。
「フフッ、の愛情。すっごく伝わったよ」
にこやかに、そして爽やかに素良くんから気持ちを伝えられるけど、もう精一杯で…
「もう……私の選択肢、無かった気がする……」
その私からの返答に素良くんはいいのいいのと軽く受け答えしつつ、もう一度唇を重ね合わせた。
時間を忘れるくらい、長く……長く…………



---あとがき---            メニューに戻る