ボク、紫雲院素良は遊矢のいる榊家で居候することにした。 だってね? 遊矢といると、いつも楽しいことがたくさんあるから! 「って、おい」 横から遊矢の声。それに目の前に広がる朝食。そこに横から添えられる焼き立てのパンケーキ。 「遊矢のお姉さんのパンケーキ、いつもすごくおいしいよ☆」 「どんどん食べていってね、素良くん。いくらでも作っちゃうから♪」 遊矢のママは、綺麗でお料理上手。それにボクが褒めると照れてすごく可愛いし、得もするからどんどん煽てちゃう。 「おい、いつまで家にいる気だよ」 「あ、遊矢。オハヨ〜」 「ああ、オハヨー……って違う! かあさんオレのパンケーキぃ……」 遊矢はボクの目の前に広がる朝食郡を見て、ひもじそうにお腹を押さえた。 「遊矢も、もちろん作ってあるわよ」 「さっすがお姉さん♪」 そんな楽しい毎日が続いているんだ。 朝食も食べ終わり、遊矢と並んで遊勝塾へと向かった。 たわいも無い遊矢との会話も、毎日楽しかった。 だけどその日は少し違った…… 遊矢とボクは会話を楽しみつつ、遊勝塾までの道を進んでいた。 「あ、遊矢。あそこに子犬がいるよ! かわいいなぁ、拾って行っちゃおうか?」 「おいおい、うちは母さんが拾ってきたペットでいっぱいだって」 「いいからいいから、ちょっとそこで待ってて遊矢!」 そう告げて、子犬の元へ走った。 子犬を抱き上げると、ふわふわして気持ち良い。 ふと遊矢を見ると、ボクをジッと見つめる彼の姿。 手を振り返すと、遊矢からも軽く振り返してくれた。 ボクは、遊矢の事が好きだ。 彼のしぐさや笑顔、そして何よりも一緒にいてすごく楽しくていつもドキドキしてる。 遊矢は、ボクの事どう思っているんだろ…… そんな事を考えつつ、ぼんやりと子犬を見つめる。 「おーい、早くしないと塾が始まっちゃうぞぉ! 置いて行くぞ」 遊矢の声に、ハッと気付いた様にボクは慌てた。 「あ!! 待って、もう行……」 そこまで返すと、その先の言葉を発する事が出来なくなった。 突然現れた後ろからの大きな手によって口元を塞がれると、意識が少しずつ薄れてきたからだ。 うっすらとまぶたの隙間から見える遊矢の姿。 慌てた表情でボクの名前を叫びつつ、こちらに向かってきているようだ。 「ゆー…や……」 だけど意識が続かない。 野太い声を出す大男に抱えあげられて、そこまでで意識が途切れた。 ※ ※ ※ 気が付いたら知らない場所にいた。 さっきまで一緒に話しをしていた遊矢はいない。 横たわったままの状態から、腕を軸にして起き上がってみる。 頭がボーっとして、身体が思うように動かない。 ゆっくりと辺りを見回してみると、見慣れない光景。 暗くて埃臭い、ここ数年は使っていなさそうな廃屋のような感じ。 「なんで……ボクこんな所に?」 ポソッと呟きつつ、ゆっくりと立ち上がった。 暗くて解り難いけど、辺りには誰もいないようだ。 出入り口を探して、ゆっくりと壁伝いに歩いてみた。 すると柔らかいとも硬いとも言い難い感触を感じる。 『オイ、どこに行くんだ?』 そこには気持ちの悪い、にやけ顔の大男がいた。 考えたくないけど、大体状況は悪い方向にあるみたいだ。 つまりはこの人に拉致されてきた。 「……悪いんだけど、ボク帰らなきゃいけないんだ。そこどいてくれない?」 精一杯の悪態をついて、ここを離れようと出口と思われる扉に手をかけた。 でも開きそうもない。 その瞬間、後ろからガシリと両方のわき腹を抱えられた。 『お前榊家の息子だろ、大人しくしろ』 「はぁ?何言って……止めっ!」 どんなに抵抗しても力では適わなくて、紐で両手の自由を奪われると柱に括り付けられた。 「っ!! こんな事をして、ボクは榊家の息子じゃないんだってば」 『何言ってんだ? お前あの家から出てきただろ。見てんだよ、俺は』 訴えても男は全く聞く耳を持たない。 『それ以上、口答えしない方がいいぞ』 男はボクの顎を軽く支え上げ、無理やり目を合わせられる。だけど、そんなんじゃボクは怯まない。このボクに近づいて来たんだから、いろいろ解らせてやらなきゃ。 「お前の言いなりなんかにはならないんだよ」 唯一自由であった足を動かし、男の股間に向けて精一杯振り上げた。 悶絶する男にニヤリと笑み、ロープを軽く解いた。 「ボクがコレくらいの縄、解けないとでも思った? じゃ、行かせて貰うね、おじさん♪」 振り向いて、出口に向かおうとする。 刹那、横から頬に強い衝撃。壁際までガツンと吹っ飛ばされ、全身に激痛が走る。 『ボウヤこそ、オレたちが1人だけだと思ったか?』 別の大男が出てきた。 『ん? コイツは……あいつの息子じゃねえよ。チッ』 ボクの片腕を掴み、そのまま軽々と持ち上げる。 『じゃ、手厚い保護はイラネーな、どうしてやろうか?』 「う……止め……」 叩きつけられたダメージで意識が朦朧として、思う通り動く事が出来ない。 気持ちの悪い眼球で見つめられると、首に手を掛け、力を込められる。意識が次第に薄れていく…… ※ ※ ※ 「そこまでだ!」 そのとき聞き覚えのある声が響いた。 LDSの赤馬零児社長だ。 『マジィ、捕まるか!!』 ボクから手を解くとナイフを取り出し、人質としてボクを盾にした。 『コイツの命がどうなってもいいのか!?』 「……フッ」 零児は、含みのある笑いを一つ吐く。 すると次の瞬間、頭上を巨大なモンスターがその飛び回った。 遊矢のオッドアイズペンデュラムドラゴンだ。 「ゆー……や」 『な……なんだこれは!?』 男はそのモンスターに驚愕し、体を硬直させる。 すると瞬きする間もなくLDSのSP達に取り押さえられ、あっけなくその男達は捕まった。 「素良!」 遊矢の声が響く。 「大丈夫か、素良!!」 「……遊矢!! ぅわ〜〜ん!」 ボクは遊矢の顔を見ると緊張の糸が切れて、彼の胸に飛び込むと泣きじゃくった。 「素良、こんなに酷い目に遭って……ゴメンな。オレがちゃんと一緒にいれば……」 遊矢は強くボクを抱きしめつつ、身体の心配をしてくれた。 「ううん、遊矢の所為じゃない……助けに来てくれてありがとう」 「何言ってんだよ、当然だろ?」 照れながらボクの頭をぐしぐしと撫でてくれる。 遊矢の匂い、すごく安心する。それに撫でてくれている感触がすごく気持ち良い…… ボクは遊矢の首に巻きつき、顔を近づける。 そして…… チュッ 「エヘッ。キス……しちゃった」 呆然とする遊矢に笑顔を向ける。 「な……そ、素良」 「ボク、遊矢のこと大好きだから。いいよね?」 「お、お前ココでつかまってどうかしちゃったんじゃ無いのか!? 大丈夫か?」 ボクはム〜ッとした顔を向けると、遊矢に告げる。 「大丈夫だよ。そりゃ淋しくて怖かった勢いでしちゃったかも知れないけど、ボクは前からこうしたかったの ……それともイヤだった?遊矢……」 ボクのその言葉に、遊矢はドキリとしたかの様に顔を赤らめた様に見えた。 彼はぶんぶんと首を横に振り、強引にボクの両頬を両手で挟むとボクの顔に息が掛かりそうなくらいまで顔を近づけて、優しい笑顔を向ける。 「バカ……そんな事、決まってるだろ」 そしてゆっくりとキスをしてくれた。 「……ん…」 「…ふっ…ン……」 ボクのしたモノより長くて深くて甘い。繋がった唇の隙間から声が漏れる。 気持ちと気持ちも繋がった気がした。 ゆっくり離れると、遊矢はボクにふんわりと微笑んでくれる。 嬉しい気持ちが心に満たされ、溢れかえる気持ちが涙となって流れてくる。 ボクは、その涙に気付かれないようにもう一度ギュッと強く抱きしめあった。 ン……ンン……ゴホン。 「ぅわぁっ!」 横から聞こえた少し大げさ気味な咳払いを耳にし、遊矢は先ほどの強引さとは裏腹に吃驚すると慌ててボクから少し距離を持とうとする。 「もう、社長さん。もうちょっと空気読んでよね。せっかくいい雰囲気だったのにぃ」 「ちょ……素良ぁ」 慌てる遊矢とは正反対に、ボクはジト目で零児を見つめた。 「……何でもいいが、素良。念のため、今すぐLDSまでついて来るんだ。これほどのことがあって、身体に異常が無いとは言い切れないからな」 「はーい、分かりましたぁ」 ボクはブゥたれつつ言葉を続けた。 零児は含み笑いを残して、外に待たせてある車まで招く。 「遊矢も来て、ボク一人じゃ心細いし……」 「全く……もちろん行くに決まってるじゃないか、素良」 遊矢はボクの前に立ち、まるで王子が招く様にボクに手を差し出した。 「ありがとう!! 遊矢、大好き!」 ボクは手をスルーして、首ににポーッンと飛びついた。バランスを崩して、遊矢を押し倒した状態になる。二マッと挑発じみた笑みを見せてあげる。 「痛ってて、素良! だ……」 ボクは遊矢の言葉を奪うように、再び長い長いキスをした。 「………………早くしろ」 一方、零児には外で暫く待ちぼうけを食わしたままだった。 後でメチャメチャ怒られたのは、言うまでも無いよね…… |