+++The miracle of Valentine!+++

今日は、2月13日。
そう、バレンタインの前日である。
それと同時に、には特別な日でもあった。
実は、去年のバレンタイン……は、その日から獏良と付き合っていた。でも、まだ正式に好きだと言ったわけじゃなく……未だに、あいまいな関係でどっちかというと、友達同士といった方が近いと思われる様な雰囲気だった。

あれから、1年―――
一生懸命作った手作りチョコを獏良に渡して、そして思い切ってに告白をする……それが の狙いだった。

は、童実野高校に通っていて獏良と同じクラス。席は獏良のナナメ右後ろの席。
放課後、 は獏良の席の前まで駆けて行く。

「ばーくらくん」
「あっ、 。帰ろっか?」
「うん!」
は獏良と教室を出て、土間の方へと足を進めた。
そして靴を履き替え、学校を出た。

いつもなら、公園へ寄って少しお喋りなどをしてから帰るのだったが、今日は違った。 は明日の準備があったため、そして獏良もスーパーで食材を探しに行かなくてはならなかったからだ。
もちろん、 は正直に言ったわけではないが……
明日のバレンタインのために、とびっきりのチョコを作って、そして獏良に渡す。
そのことを考えていると、気が動転しそうになる。頭の中でぐるぐるとその様な事を考えていたら、いつの間にやら獏良に顔を覗かれていた。 は一瞬にして体温が上がるのを感じる。
「どうしたの、 ?顔、真っ赤だよ」
「な…何でもないの。そ…そうだ、明日も一緒に帰れるよね、獏良くん?」
「え…っと、あっ!ゴメン、明日は委員会の仕事が入っちゃって、だから一緒に帰れそうにないよ」
「い…いいの。そっか、じゃあしょうがないよね」
は、内心焦った。学校の帰りにチョコを渡す予定が…どうしよう……
「どうしたの、 ?さっきからずっと悩んでるみたいだけど…ボクにでも力になれることだったら何でも言ってよ…ね?」
獏良は に向かって、ニッコリと微笑みかけてくれた。
「うん。ありがとう獏良くん。でも、何でもないの」
そう言って、 は獏良の傍に寄り、腕に掴み掛かる。
「そ…そう?」
獏良の困惑したような声。 はそんな彼に下から覗き込むように獏良を見つめた。
「じゃあ、明日。また恒例の…」
「うん分かってる、明日はボクが を迎えに行くね」
「うん、待ってる」
その後、さよならの挨拶を交わし、いつもより早めの帰路に着いた。
恒例の――――
それは、お互い2人だけの約束事であった。
それぞれ交代で、朝どちらかの家に迎えに行く――それだけなのだが、最近はすでにそれが日課となっていた。
そして、家に着くと早速チョコを作る準備。
チョコレートに、クリーム、型やトッピングなど…材料はあらかじめそろえてあったので、後は作るだけ。
両親は働きに出かけているので、台所はまさに使いたい放題だった。
型と言えばもちろんハート型。しかも、たくさん作れるようにサイズは小さめのモノを選んだ。
あふれるほどのハートをいっぱい渡したいからv
時間が経つに連れて、チョコレートは出来上がりの方向に向かった。後は、冷蔵庫に入れて固めるだけ。
ラッピングの用意をして、後は……小さな紙の包みを用意する。
これも一緒に入れちゃおっと。
「よし、完成も後まじか…これをもって明日は…」
は、手をグッと握りしめ、明日という時を待った。

 


 

 


 


―――そして、次の日…
ピンポーン……
家のチャイムの音がした。
。迎えに来たよ!」
「あっ、ちょっと待って」
獏良は、 の家の前まで来ている。昨日作っておいたチョコは学校には持っていかないことにした。
何故なら、それが の作戦だったからだ。
1度家に早く帰って、そして学校へ戻ってから渡そうと思ったからである。

  ―――でも、分かってはいたけど……

当然のことながら、獏良はクラスの女の子にモテモテなわけで……たくさんのチョコをもらってる。

分かってはいたけど………不安…
しかも、男の子にもモテてるようなので、さらに不安……
獏良が、別の女の子と話をしていると変な気分に襲われる。
……他の女の子に取られてしまうような気がして…

すると、1人の女の子が獏良に近寄り、話しかける。何話してるのか分からなかったけど、獏良は頷くと席を立ち上がって教室を出ていってしまった。
扉をくぐる直前、私の方を振り向きニコッと微笑みだけを残して、教室を出ていった。


  ―――大丈夫…獏良くんはきっと…

そんなこんなで、時間はあっという間に過ぎていき、最後の授業も終わった。
「じゃあ、 。ボク、委員会があるから行くね?」
「うん。頑張ってね、獏良くん」
獏良は に手を振ると、教室を出て行ってしまった。
そして は、急いで帰る準備をして帰宅する。


  …チョコ、持ってこなきゃ……!!

足はいつもより自然と速くなり、30分かかる道程を20分ちょっとで着いた。

  …でも……

  委員会の時間…早くしないと終わっちゃう!!!

は自分の家に着くと、玄関へ飛び込むように入っていく。
駆け足で台所の冷蔵庫に冷やしてあるチョコを袋に入れて持った。
ラッピングなどは、昨夜済ませてあったので、後はそのまま持っていくのみ。
チョコを補助カバンの中にしのばせ、しっかりと入ったことを確認すると家から飛び出て再び学校へと向かった。


  急がなきゃ………

焦りの気持ちだけが私を動かす。
の頭の中で繰り返される、チョコを渡した後の獏良の反応………


『ありがとう、 。ボク、とっても嬉しい!』って言ってくれるの!!!
そして、そして!!!
『ボク、 の事大好きだよ!!!』って………

想像ばっかり先走って、 は自分が全速力で走っていることさえ忘れてしまっていた。
気が付くと、そこはもう童実野高校の校舎があった。
グランドの縁を通り、教室へと向かう。


  まだいるよね、まだ帰ってないよね?

は自分に言い聞かせながら保険委員である獏良のいそうな保健室に行ってみた。
はノックして、保健室へと入る。
ベッドの影から、あの特徴ある銀色の髪の毛が見え隠れしている。
『獏良くん』と呼ぼうと思い口を開く。しかし、 にはそれを言うことが出来なかった。
その獏良と思われる人物――その人が少し屈むと、誰のものかの腕がその背中に回された。
はハッキリと見てしまった。
「………っ!!!!!!」
は驚きで声にもならない。
それを見たくない、その場を離れたいという思いがフツフツと込み上げてくる。足は少しずつ後ろへと動かされた。
目は見たくないと思いとは逆に、その光景から離せなくなっていた。
の瞳から、一すじ…二すじの涙。
そのまま、後退りすると後ろは壁があった。
それに触れた瞬間、 は入った扉へ向かって走って保健室から出ていった。
そして、そのまま学校を出ていってしまった。

  チョコは…もう、渡せない……

涙を止めることが出来なくて、 はひたすら走った。
暫く走り続け、ふと気付くと目の前には と獏良の場所……
いつも立ち寄る、公園があった。

  獏良くんがいつも座ってるベンチ……

は、そのベンチに顔を俯せてそのまま泣いてしまった。
いつも、 に向けられる柔らかな微笑み……
その微笑みが、 の心を揺れ動かしていた。

  …いつまでも、一緒にいたい!
  それだけでいい………
  ―――そう思ってたのに……

夜は寒い……当たり前のことだけど、 はその事を忘れていた。
温かな気持ちが、そう思わせなくなっていたのだ。
「獏良くん……」
は、一言だけつぶやく。獏良が良く座ってるブランコに座り、身を縮こまらせる。
補助カバンからチョコの入った包みを取り出し、じっと見つめる。
「チョコレート…渡す人、いなくなちゃった…」
行き場を失ったチョコレート。
包装は、とっても華やかなのに…これほど寂しいモノはない。
にはそれが、世界で一番可愛そうなものに見えた。

「ごめんね……」

は、そのチョコがまるで生き物であるかのようにそのチョコに謝り、そしてギュッと抱き締めた。

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 




!!」
その時、聞きなれた声が、 の耳に届いた。
は後ろに振り向くと、そこには息を切らした獏良がいた。
獏良は、肩で息をしながら の方へと向かう。
…どうしたの?グランドを横切って学校を出る姿が見えたから、ボク気になって追い掛けて来たんだけど…」
そう、普通ならもう家にいてもおかしくない時間だから。
でも はココにいる。
獏良はその事を問おうと前へと進み出る。
しかし、 はブランコから立ち上がり、チョコの包みを持ったまま獏良のいる方向とは逆方向へと後退りする。
「いや…来ないで…」
「どうしたの… !! ボクが…ボクが何かしたの!!?」
しかし、 は力強く首を振り、そのまま後ろを向く。
「私…ゴメンナサイ……獏良くんと、一緒にお話してるだけでも良かった…そう思ってたのに…好きな人……いるでしょ…?獏良くん……」
「ちょ…ちょっと待って!ボクが好きなのは」
「やだ!!!」
は、慌てて両手で耳を塞ぐ。どんな返答にしろ、傷つくような気がしたから……
それと同時にチョコの入った包みがカサッと音を立てて地面に落ちてしまった。
獏良はその包みに気が付き、そちらへ向かって歩み寄り、落ちた包みを拾った。
…」
しかし、 は振り向きもせず、反対側を向いたまま……
は、一歩…一歩と確実に獏良くんから離れようとする。
しかしそれとは逆に、 は自分の中でそれに反発していた。

このままでは、獏良くんと話す事さえ出来なくなってしまう…
それは にとって、考えられないことだった。
しかし、 の足には少しずつスピードが付いてくる。
、待って!!!」
獏良は、走って の腕をつかみ、ギュッと自分の方へと引き寄せる。
の身体は自然に獏良と向き合った。
しかし、 の瞳には涙が溢れていた。
そんな姿を見た獏良は、何も言わずすっと自分の方に引き寄せ、優しく抱き締めた。
「ボク… に何か誤解されるようなことしたのなら、ゴメン………ボクが好きなのは、他の誰でもない… 、君だけなんだ…」
すると獏良は の両肩をがっしりと掴み、真剣な眼差しで の瞳をじっと見つめた。
そんなに獏良に、 は信じる事が出来なかった自分を心から恥じた。
「……獏良くん…私も…ゴメンナサイ……勝手に勘違いして、逃げちゃった………私も、大好き。だから、ずっとそばにいて欲しいの」
は、獏良にギュッと抱きつく。小柄な は、獏良の身体にすっぽりはまる。
獏良はそんな を、そっと抱き締めた。
「ボクも、 にずっとそばにいて欲しい…」
は、暫く獏良の胸の中でその言葉の余韻に浸る。
しかしその瞬間、パッと獏良から離れる。そして満面の笑顔を浮かべながら、獏良に話す。
「うん!私、獏良くんのそばにずっといるよ。…ううん、ずっと一緒にいたい!!」
獏良は、 に微笑み返す。…ある瞬間、獏良はあることを思い出す。先程地面に落ちてしまった包み…
……これ、ひょっとして…」
はハッとして、赤面する。
そして、コクリと頷く。
「そう…それ、獏良くんにあげようと思ったチョコ……だけど落ちちゃったもの、もう渡せないね……」
は、受け取ろうとその包みに手を伸ばす。
しかし、その包みは後ろへヒョイッと下がり、手は空を切った。
「ううん、ボクもらう。そんなの関係ないよ。世界にたった1つしかない のチョコだからね!」
獏良は、優しく微笑んだ。
「獏良くん…ありがとう……! ねぇ、良かったら開けてみてくれる?」
は、顔を赤らめながら言う。
「えっ…開けていいの?じゃあ、お言葉に甘えさせてもらって、開けるね?」
はその返答に、コクリと頷き顔を俯せる。
「わぁ…こんなにもたくさんのハートのチョコ… 、ありがとう!! ボク、 にもらったチョコが、一番嬉しい!!! 本当にありがとう。これはボクからのお礼…」
獏良は、照れからか未だ俯いたままの の髪をどかし、 の頬に顔を近付ける。

  その瞬間、2人の間に突き抜ける強い風…
  その風の音さえも、聞こえなくなるような一瞬……

獏良の唇は、 の頬に口づけられていた。
そして、獏良はそっと の頬から唇を離し、ニコリと微笑む。
そして、獏良の方を向いたまま呆然としている を、抱き締めた。そして、耳の側でそっと囁いた。
「この世界の誰よりも… 、大好き!!!」
は、更に動揺する。Wで攻撃されたような感覚…
どうしようもないほど身体が硬直してしまって手を動かすことも出来ない。
獏良は、そんな の姿を察して、微笑むと の手を取る。
その光景は、どこかの国の王子と他国の王女との恋物語を見ている様だった。
…ボクは君を一生離さない…絶対!」
は呆然としながらも、自然と口を開く。
「私も……獏良くんとずっと離れたくない!」
の身体は自然と獏良に預けられていた。

 バレンタインの奇跡…
 一瞬であるがゆえに起こる、長い長い奇跡……
 そして、それは誰もが望む大切なひととき……

 


 


 


 


 


 


 


 


―――その後。
「ねぇ、獏良くん」
「なに、 ?」
「その包み、もう少し中見てみて?」
獏良は何かと思い、その包みの中を覗く。
チョコの中に混じる、小さな包み紙…それを取り出す。
「これの事?何が入ってるの?」
「…開けてみて?」
獏良は の言われるがままにその包みを開ける。
その中には剣の形をしたキラキラと光り輝くガラス細工のペンダントが入っていた。
「そう…私、こういうの選ぶのが苦手で…獏良くんT.R.P.G.好きでしょう? だから、これプレゼント。……だって今日は……」
は、その後の言葉を続けずにじっと見つめる。
獏良にはその意味がはっきりと分かっている。
「うん…今日は……初めて話し始めた特別な日。そして、ボク達だけの時間が出来た大切な時……覚えてるよ、去年のこの日…初めて がボクに話かけてくれたよね。それから、ボク達付き合い始めたんだ…ひょっとして、これ…」
「そう、これは獏良くんへのプレゼント。私じゃ、高価なものとか買えなくって…でも、私の気持ち入れたつもりなんだよ!」
「ありがとう… の気持ち、たくさん、たくさん伝わってるよ!…実はボクも へプレゼントがあるんだ。受け取ってくれるかなぁ?」
獏良から差し出せれた小さな小箱。キレイにリボンで結んで包装してある。
「…うん。ありがとう、獏良くん」
「早速、開けてもらえないかなあ」
「…うん」
は、リボンをほどき包装の紙を剥がし、中の小箱を開ける。
……それは、 が前に欲しがっていたモノ…ピンク色の口紅…高校生の にとってはすごく憧れのアイテムだった。しかし高かったので買うのを諦めていたものだったが……
「あ…ありがとう、獏良くん…」
は、それだけ言うのが精いっぱいだった。

口紅ということは、お返しするものは決まっている訳で………
の心のドキドキは、どんどん高鳴る。

  獏良くん…これって分かってプレゼントしてくれたの!?

は問い掛けたかったが、そんな事言える訳もなく…獏良はというと、相変わらずニコニコと微笑んだまま。

「そろそろ帰ろっか、 ?」
「う…うん」
は、同様気味に言葉を返す。
暫く混乱したままだったが、 はいつもどうり振る舞った。
どうやら考え過ぎだったみたい、私…

そして別れ際………
「じゃあ、明日ね。獏良くん」
「うん、 …あっ、そうだ」
獏良は の方に歩み寄る。そしてすれ違う瞬間、 の肩に手を置きそっとつぶやく。

……ボク、待ってるから。ずっと……」

そして、そのまま から離れる。
「じゃあ、 。明日は がボクを迎えに来る番ね!じゃあね!!」
は呆然と去っていく獏良を見送った。
その背中が見えなくなるまで、いつまでも見つめ続けた。