+++ボクだった頃……+++

「兄サマ〜」
扉を開けるなり突然飛びついて来たのは、丁度学校から帰宅したオレの弟モクバ。
オレは広い自分の仕事場で休憩を取っている所だった。
飲みかけのコーヒーを机の上に置き、モクバに話しかける。
「どうした、今日は何か嬉しそうだな。何かいいことでもあったのか?」
問い掛けると、モクバは笑顔で首を縦に振る。
「あのね、今日学校でね!------」
モクバは学校であった出来事を全部話しだす。
オレはその延々と続く話をじっと聞いてやる。
それは、毎日繰り返されることだった。
だが、それをつまらないなんて、思うことは無い……いや、無くなったんだ。


オレの中にあったもう1つの心が、楽しいと思う心を閉じこめていた。
そんなオレを、唯一認めているライバル、そいつが閉じられたオレの心を開放した。
………そして、オレはオレに戻った。


しかし、モクバには償いきれない事をしてきた…モクバのためにしてやれること、オレはオレなりにしてやっているつもりだ。
気づいたらオレはモクバの頭に手をやり、撫でていた。
モクバの真剣な顔に困惑の色が混じる。
「どうしたの、兄サマ?」
「………いや、何でもない……」
「…?変なのぉ……」
モクバは心配そうな顔つきでオレの顔を覗く。
その訴えるような瞳から、オレは目をそらしてしまった。
いつもそうだ。こうして幸せからすぐ逃げようとしてしまう……
今思えば、昔のオレは確かに幸せだった…。
それをしっかりと受け止めていたあの頃。
…そして受け入れられなくなった、現在……オレは、幸せというものが恐い。
掴んでも、逃げていってしまうかもしれないから……





あの日、あの頃と同じように…………


---11年前


オレがまだ5才という幼き日の頃の事……




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「母様!! ただいま!!!」
ボクは保育園から帰るなり、母様へ飛びついてみた。
母様のおなかの中には、今赤ちゃんが住んでいるんだって。
それで、今はあまり外へ出歩けないから、送り迎えは爺様にしてもらっているんだ。
「どうしたの、セト?甘えんぼね」
「だって、だって、ボクもう少ししたらお兄ちゃんになるんでしょ!ボク、いっぱいいーーーっぱい勉強していろんな遊びを教えてあげるんだ!!! それで、ボクのこと、大好きって言ってくれるようなお兄ちゃんになるんだ」
「ホッホッ、坊ちゃんは勉強熱心じゃからなぁ…でもあんまり奥様を困らせる様な事したらだめじゃぞ?」
「あっ、そうだった」
ボクは母様に抱きつくのはやめて、少し離れることにした。
だって、これから生まれてくるボクの弟か妹が無くなっちゃたら困るもん。
そして、母様の膨らんだおなかにささやいてみるんだ。
「じゃあ、兄ちゃんちょっと友達の所へ行ってくるからな…待ってろよ……」
そして、ボクは母様と爺様にの方へ振り向く。
「じゃあ、行ってきまーす」
「行ってらっしゃい、暗くなる前には帰ってくるのよ」
「ハーイ!!」
ボクは急ぎ足で隣の家の友達の所へと向かった。

---進む---