+++ 紫雲院素良誘拐事件〜甘い日常甘いお菓子と辛い罠〜 +++
LDS専用病棟の病室内。
ピッピッと電子音のみ響くその部屋。
素良は、その病室のベッドの上でゆっくりと目を開ける。
「あれ? なんでボク……」
ゆっくり起き上がり、頭上に違和感を感じ触って確認する。頭部に何かを装着されていた様で、電子音はそこから聞こえている。
簡単に取り外す事が出来たので、そっと取り去って周りの状況を確認する。
窓を見るとカーテンを閉めた向こう側は真っ暗で、真夜中であることが解った。
光となるものは反対の小窓から見える廊下より射す、僅かな蛍光灯の明かりのみ。
髪に違和感を感じて触ってみると、結ってあった髪留めも無くはらはらと下ろされて、少々寝乱れしていた。
腕には太目の注射をされたのか、痛みが残る注射跡が残っている。
そして衣服は、前を蝶結びで留めてあるだけの簡素な病院の患者着を着衣させられていた。
どうしてこうなったのかと記憶を探るが、思い出そうとすると頭にズキンッとした痛みが走る。
暗さに目がなれてふと横を向くと、素良が使用しているベッドに突っ伏して眠りに付いている遊矢が目に付いた。
素良は、彼の頭をそっと優しく撫で上げる。
(ボクのこと、ずっと診ててくれたのかな)
その撫でる感触に反応するかのように、遊矢はピクリと頭を上げる。
寝惚けまなこで、目の前にいる素良を見つめた。
「ん……、そら? ……素良!」
突然覚醒したかの様に目をバチリと開けて目の前の素良を確かめると、彼の身体をギュッと抱きしめる。
「良かった! 本当に良かった!!」
遊矢は涙を浮かべて、はしゃぐ様に喜んだ。
「遊矢、苦しいよ……ボクどうしてこんな所に……」
「……いいんだ。もう」
「えっ? それってどういう……」
遊矢に問い詰めようと、腰を持ち上げ上半身を少しずらす。
その時、下半身に激痛が走った。
「イタッ!」
「大丈夫か!? ……素良は身体の調子を悪くして倒れたんだから、寝てなきゃダメだ」
「……うん」
遊矢にそっと寝かせられながらも、まるで言いくるめられているような違和感を憶える素良。
それに痛みを感じる箇所。布団の中、手で弄りそこを探し当てる。
何でここが痛むのかと記憶をまた辿ろうとする。
「…っつ!!!」
それを思い出そうとすると、また頭に激痛が走る。
(やっぱり……)
素良は一つの答えを導きだした。
以前からこの方法は、LDS社が生徒達に対しても行っていた事柄。
それは――
「……ボク解っちゃった。記憶抜かれてるよね、きっと」
「…ッ!」
遊矢は素良のその言葉にドキリとしたのか一瞬目を見開くが、すぐさま反論する。
「や…やだなぁ。そんな訳……」
「遊矢は、嘘…下手だよね。それにコノ痛み……」
「解った! 解ったから!!」
それ以上の言葉を言わせないように、遊矢は大き目の声を上げ静止しようとする。
痛みをこらえつつ、起き上がり遊矢につかみかかる素良。
「教えて! ボク何があったの? ねぇ、遊矢!」
「……素良」
くしゃくしゃな顔をさせながら涙を流し、遊矢の首にギュッと抱きつく。
ぼんやりとだけど酷く痛むその箇所から何が起こったのか、素良は解った気がした。
その考えに達すると、酷く悔しさが溢れ出す。
遊矢から離れ頭を振るい、腕で目を擦って涙をぬぐう。
「遊矢……」
「……なんだ?」
神妙に呼ばれる自分の名前に、遊矢はおずおずと小首を傾げつつ問う。
「全部、思い出した」
「!! ……本当か?」
遊矢のその返答に、コクリと目を伏せて頷く。
でも其れは、嘘。素良は、思い出してなんかいない。
それでも遊矢の反応や痛みによるものから、漠然とだが推測出来てしまった。
「……ごめん…あいつらから守ってやれなくて……」
(――あいつら……複数人、か)
遊矢から語られた事実に、内心驚愕する。
しかし、其れを知っているという事は。彼は……
「ううん、でも遊矢が助けに来てくれたんだよね? ボク嬉しい」
「馬鹿言うなよ。それでもオレはお前を、助けられなかった…」
後悔の念で支配されている遊矢に素良は首を振るいつつ、そんな事無いと上目遣いで見つめる。
「本当に、ありがとう。遊矢」
素良は抱きついていた手を少し緩め、そして顔をそっと近づけると軽く口付けをした。
「お……お前。な、何を」
「エヘッ。遊矢にキス、しちゃった」
素良は遊矢に悪戯っぽく笑みを見せる。
口元を押さえつつ、目を見開いて動揺する遊矢。
「ば…バカ! ビックリするだろ、もう……」
目を泳がせつつ遊矢は、彼をチラリと見遣る。
「何で……」
「ボク、ね? 前からずっと、こうしたかったんだ。遊矢の事が好き、だから」
顔を赤らめながら言葉を途切らせつつ、素良は其れを伝える。
遊矢はそっと抱きしめられたままの素良を離し、そっと座らせるとコツンとおでこを軽く小突く。
「コラ、ズルいぞ。素良」
「エ?」
柔らかな笑みを素良に向ける。
「それ、オレから言おうと思ってたんだぞ」
素良の頬を両手で挟んで暖かな笑みを見せると、遊矢はそっと口付けを返した。
お互いの呼吸、熱を感じあう。
触れた部分が、更に熱を帯びてゆく。
そして、惜しみつつゆっくりと唇を離した。
双方、目を細め蕩けるような瞳をさせつつ、見つめあう。
遊矢は一呼吸を置き、息を整えると口を開く。
「オレも、素良の事。好きだから」
そっと素良の頬の柔らかさを感じるように、そこに片手を添える。
「両想いだったって事だよね。もっと早く言えば良かったよ……」
素良はその彼の片手の上に、自分の両手をそっと添える。
遊矢の温かさを感じようと目を伏せて、更に自分で頬へと圧を掛けた。

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