「さん、そろそろ帰る時間だったよね?」 「アッ、ホントだ。ゴメン、今日のところは帰るね。」 「じゃあ、家まで送るよ」 「ホント!ありがとう」 私は日曜日のデートの後、獏良くんに送ってもらうことになった。 ――このことが、これから始まる出来事の原因であって… 取りあえず私は、獏良くんと一緒に私の家へと向かった。 おしゃべりをしつつ帰り、私の家の前に着いた。 「じゃあ、さん。また明日・・・」 「うん、朝迎えに行くね。獏良くん、どうしたの?」 今日はここでお別れというのに、首を俯き加減にさせ呟く。 「・・・さん、ボク・・・」 「何?……」 ギュッと抱きしめられ、そして・・・ その瞬間何が起こったのか分からなかった。 「あっ、ごめん・・・」 「・・・・・・あ・・・」 何も言えなかった。 残っているのは、フッと触れた唇の感触だけ。 お互いの間に冷たい風が通りすぎる。 私はあまりの出来事に、暫く金縛りが起こったように動けなくなってしまった。 「…じゃ、じゃあ、明日。学校で……」 そのまま獏良くんの後ろ姿だけを見送る私。ただ、呆然と立っているだけ。 「何で…何で、謝るのよ…… 何で、突然………」 小さくなっていく獏良くんの背を見つめながら、私はつぶやいた。 次の日― ただ気まずかった。 ちょっぴり挨拶を交わしただけで、顔も見られずにいた。 1時間目の授業が終わり放課になるとすぐに、教室を出て屋上へと向った。 本当に息が詰りそうで… 屋上の扉を開けて、ゆっくり歩みを進める。 そしてフェンスまでたどり着くと、それを背にもたれ掛かってみた。 私、獏良くんのこと好きなはずなのに。それなのに、どうしてこんなに心苦しいの……? その時、目の前に一人の男の子の姿が映る。 「2年B組のちゃん…だね?」 「…?そうですけど…」 そう言った瞬間私は、その男の子に抱きしめられる。 「良かったぁ!逢いたかったよ、ちゃん!!」 !!? 私は何だか分からず、取りあえずその子の顔をじっと見る。 「えっと…ひょっとして、マリク…くん?」 その言葉が出たとき、マリクくんはもう一度顔を見直し、再び抱きついた。 「良かったぁ! ちゃん、覚えててくれたんだぁ!!」 そう、マリクくんは私がエジプト旅行へ行ったときに出会った男の子だった。 でも、また会えるなんて…… 「当たり前じゃない。でも、どうして…」 マリクくんは私から離れると無邪気に微笑む。 「実は今この街に引っ越してきたんだけどね、ちゃんがこの学校にいることを耳にして、いてもたってもいられなくって。ヘヘッ!」 私に笑いかけてくれるマリクくんに対し、私はすっごく嬉しい気分でいっぱいだった。けど・・・ 「あ…あれ?」 その時私の目から、涙が流れた。 「エッ! ちゃん。ど、どうしたの???」 マリクくんはそんな私に吃驚してうろたえる。 「ううん。ごめん、何でもないから……」 そう言いながらも、涙はあふれるばかり。 私は自然とマリクくんの手を自分の手でギュッと握りしめていた。 何か自分の中ではち切れたように、次第に嗚咽とともに哀しみが膨れ上がっていた。 「いいよ、今は泣きなよ」 キーンコーンカーンコーン…… その時、1時限目の放課の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。 その音に、私はハッと我に返り、マリクくんから離れる。 「……あ、ゴメン…授業始まっちゃう……」 「…そうだね。でも大丈夫?ボクが送っていこうか?」 「うん、いいよ。ありがとう。じゃあ、もう行くね」 少し離れてから、マリクくん手を振り扉を開ける。 そしてもう一度振り返り…… 「ねぇ、マリクくん?また…逢えるかな?」 マリクくんはその言葉を待っていたかのように、満面の笑顔を作ったまま頷く。 「勿論だよ。すぐ逢えるよ。 ちゃん!」 私はその言葉を聞くと、ニッコリ笑みその場から離れて階段を下りていった。 ―――そして帰りの事…… 今日の授業終了の鐘と同時に、席を離れ帰宅した。 早歩きしながらも、何か後悔みたいなものがつきまとう。 それを振り切るように、私は勢いよく走り出した。 ―――そして、自分の家に着いた。 着いてしまった。 私の家はマンションである 隣の家は新しく引越ししてきた人がいる様で、引越しセンターの従業員の出入りがせわしなかった。 私はそれを横目に家に入る。 (何か今日の私、分からないよ。…獏良くんには悪いことしちゃったかな?でも…) やっぱり気持ちの整理はつかない。 ピンポーン… その時、玄関のチャイムが鳴り響いた。 誰だろう…? 母が玄関へと駆けつけると、楽しそうな話し声が聞こえてきた。 私はこっそり柱の影から、そのお客さんを見てみた。 「あ…ひょっとして……」 そこにいたのは、マリクくんだった。 私は思わず体を乗り出して叫んでしまった。 「ちゃん、また逢ったね」 「マリクくん、引っ越したってお隣りさんだったんだね」 「うん、偶然だね!」 マリクくんはニッコリと微笑み私を見つめた。 やっぱり彼は私の家の引っ越してきたようだった。 家族3人で、こちらへ越してきた様子。 「アッ、そうだ。 ちゃん」 マリクくんの声に何?と答え振り返ると、久々に来たという事で明日この街の案内をお願いされた。 私は断る理由もなく喜んでOKをした。 ――でもこれって、いわゆるデート?じゃないよね。 うん…私は、獏良くんのことが好きで… 思考はそこまでたどり着くと行き詰まった。 自分の気持ちが分からなくなってきた。 どれが私の本当の気持ちなのだろうか。 そうして暫くお話してまた明日と言って帰っていった。 ――そうして、当日。 私は気合いを入れて、オシャレをしていた。 でもまだ気持ちの整理はつかない。 私、マリクくんのことどう思って… そこまで考えると顔をブンブン振って、考えることをやめた。 とにかく今日は街の案内をするんだから。 それだけなんだから… 私は気持ちを振りきって、家を飛びだした。 そして――― 待ち合わせの場所に着いた。 マリクくんはまだ来ていない。 その時だった。 後ろから優しそうな青年に呼び止められ振り向いた。 振り向いてしまった……よくあるキャッチセールスであった。その瞬間私はしまったと思い、立ち去ろうとした。 しかし、肩をがっしり捕まれ、そして優しい言葉で『待って?』『少しだけでイイから話しを聞いていって?』と声をかけられて、私は立ち去れなくなってしまった。 「ねっ?ちょっとそこのお店なんだ。時間とらせないから…ね?」 そう言ってその青年はそっと私の手を取り、強引に連れ出そうとした。 「待てよ、お前!!」 その声が聞こえたと同時に、その男から悲痛な声が聞こえた。 腕をねじられたのか、その腕をもう片手で支えながらその場から去っていった。 目の前にその男の姿がいなくなるのを確認すると、マリクくんは私の方へ駆け寄ってくれた。 「ちゃん、ゴメンね!遅くなっちゃって…ボクがもう少し速く来ていれば……」 「ううん。大丈夫だよ、ありがとう」 私は恐怖から逃れられた事と、マリクくんが来てくれた安心感で胸がいっぱいだった。 ホッと一息入れて、マリクくんを心配させないようにニコリと微笑んでみせる。 そんな私を見て安心したのか、マリクくんは次の言葉を続ける。 「でもなんか嬉しいな。男付きって」 「な、ななな…何言ってるのよ〜〜〜! 私は、その…」 何故だか否定できない自分が不思議だった。 でもあんな男の言葉なんかで自分を左右されたくないのが本心。 「もう、マリクくんは。とりあえず、このことは置いといて、行こ!」 私から手を差し出して、この街の中を案内することにした。 そしてあっという間に時間が過ぎ、日も暮れ始めたころ……… 「ちゃん、今日は本当にありがとう」 「ううん、いいよ。私も今日は気分転換も兼ねてたから」 私はその場でターンをして後ろを向く。 「ちゃん。ひょっとして何か悩み事……あるんじゃない?ボクで良かったら聞くよ?」 私はその言葉に悩んだ末、振り向く。 その時だった。 マリクくんのすぐ後ろの道から、獏良くんが丁度こちらに曲がってきてバッチリと目が合ってしまったと暫く沈黙が続く。 「さん。あ、あの……ゴメン!!」 何故か謝って、獏良くんは自分の来た道をまた逆戻りして走っていった。 私は追いかけようと、足を踏み出した時だった。 「ちゃん、待って!!」 マリクくんは私の腕をギュッとつかみ、私が進むのを制止した。 そして私は…… このまま獏良くんを追いかける。 どうしよう・・・ |